忍者ブログ
わたわたしながらも、育児と仕事を楽しむ毎日を綴っていきます。 初めましての方のコメントも大歓迎♪
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。


自宅に戻って1週間がたちました。
子供たちは毎日保育園で別れ際にぐずぐず…
でもわたしがいなくなると遊んでいるようなので、
徐々に慣れてくれればいいな。

と、思った矢先に男子チームが鼻水ずるずるで、今週はお休みでスタート。
ふたりとも、ちょっと目を離すと鼻水がほっぺやら目やらまでついていて、
当然手や袖口も鼻水でぺかぺかに…
昭和のこどもかよ!って突っ込みたくなります。
こどもがうまれる前は、「自分の子供は鼻水たらしたりさせない」と、
よその子を見ては思っていたのですが、
実際生まれてみると不可能ですよね…
自分のことじゃないからいつ鼻水出てるのかなんてわかんないし、
ずっと子供の顔見てるわけにもいかないし。
そんなのわたしだけかなぁ。

生活のほうは、スーパーも普通に買い物できるし、
(あ、果汁100%ジュースは全然売ってないですね。なぜ?)
なにより毎日あったかくなって、洗濯物もよく乾くし、
保育園送迎も楽になって、助かったと思ったのですが、
ましゃが急に抱っこ虫になってしまいました。
抱っこしてればぐっすり寝てるのに、降ろすと1分以内に起きる…
で、抱っこするとすぐにすやすや…
なので、なにもできません。
保育園送りの時も、行きはおんぶで帰りはベビーカーなのですが、
途中で大泣きして結局おんぶになることも多くて、
毎日3~4時間はおんぶしてるかも。
おかげでわたしの肩はばりばりです。
家は1か月放置状態だったので、
掃除したいところがたくさんあるのですが、
なかなかできずに、半日パソコンの前にいることも多々あり…
せっかくあったかくなったのに、なかなか思うように動けません。

でも、少しずつ日常に戻れたらいいなぁと思っています。
PR

疎開から戻ってきました。
が、余震が頻発してますね…
余震と呼ぶにはあまりに大きい地震が続いていて、
避難生活を送っているみなさんは本当に心細いと思います。

おい、地球っ
東北ばっかりいじめるのはもうやめてくれっ(涙

春はイベントごとが多い季節で、
その3週間がすっかり消えてしまったので、
戻ってからも毎日ばたばたです。
子供たちの服も真冬のままだったので、
ましゃが寝たすきに薄手のものを出したり、
サイズアウトのものを箱にとりあえず押し込んだり(苦笑
ましゃの予防接種スケジュールもぐちゃぐちゃで、
3種混合の2回目は接種推奨日を過ぎてしまいました…
先生に相談したらまだぎりぎり間に合ったので急いで接種。
しかしその予約に間に合わなくあるからと、
ぐずぐずのみじゅをしかりとばしながら登園したり、
帰宅2日目にして余裕のない生活…
コンポストはほったらかしでコバエが発生…
ケアしようにもましゃは抱っこじゃないと寝ないで泣く
(抱っこしてるとぐっすりなのに!!)ので、ケアできず。
ってか、このままじゃ夕飯の支度もできないよ!
来週ポリオ接種しないと3種混合の3回目もアウトになるし、
7か月健診も受けないとだし、ああ、洗濯物取り込まなきゃ!
魚焼の網も洗わなくちゃいけないし、でもまたましゃが抱っこで寝てる…

はー。

よくよく考えたら、わたしがわさわさしてるから、
子供たちも落ち着かなくて、そわそわぐずぐずするんですよねー。
朝のみじゅのぐずぐずも、わたしが抱っこしてやればすんだことなのに…
道の真ん中でしかりとばしてしまった…
家から保育園まで、ずっと泣き通しだったな…

なんていうか、いきなりニュートラルな生活に戻したがる癖があるんですよね…
3週間もあけてたんだから、ずっといたようには生活できなくて当たり前なのに。
ムリして戻そうとするから、よけいひずみが出る…
これじゃ地震と同じですね。
もうちょっとゆるやかに生きるようにしなくては。

とりあえず、保育園にお迎えに行ったら、みじゅに謝ります。

あっという間に4月も1週間が終わってしまいました…(ボーゼン)
光陰矢のごとし、とはまさにこのことですなぁ。

今週の月曜はばぁばもじぃじも出勤日で、
わたしひとりで子供の相手と世話をしなくちゃいけなかったのですが、
朝起きるとなんか身体が痛い…
あれ、おかしいなと思って新聞を読んでいると、
どんどん寒気と頭痛がひどくなってきました。
そういえば昨日もなんだか寒かったんだった…と思い出しつつ、
熱を測るも35℃台。
子供たちの相手はしなくちゃ、とがんばったのですが、
午前中の早い段階で全身がばりばりに痛くなり、
なにしろ寒気がすごくて、床暖房の上にねころがって子供たちを放牧…
なんとかお昼を食べさせて昼寝に持ち込んだのですが、
遊び足りなくて寝付けず、むしろ外で遊びたい子供たち。
でも家の外はけっこう早い小川が流れていて、わたしの付き添い必須。
しかたなくましゃだけ添い乳で寝かしつけに入り、上のふたりは放牧…
いつの間にかましゃと一緒に眠ってしまったわたしの耳に、
みじゅのとんでもない言葉が。

「ママー、ゆぅがお米ばらまいてるー」

がばっと起きて見に行くと、なんと縁側においてあった犬用のくず米を、
ゆぅが30kg袋ごと引き倒し、縁側から廊下からさらに隣の部屋まで、
うずたかく積み上げてありました…
で、当然怒られて、ゆぅは大泣き。
わたしはその時すでに自分の鼓動で頭痛がひどくなる状態で、
その中下を向いて箒であちこち掃いてまわるつらさといったら!
その後はぐったり倒れて、子供たちはテレビにお任せ。
こういうのが一番よくないんだろうけど、もうしょうがない…
5時に帰ってきたじぃじとなんとか子供たちに夕飯を食べさせ、
7時半に帰ってきたばぁばに子供たちをバトンタッチして、
わたしは布団にばたんきゅう。直後に37℃の発熱。
翌日は子供たちをばぁばにお願いして1日寝込みました。

たぶん、疲れていたんだと思います。
毎日子供たちが起きる前に新聞を熟読、
子供たちが昼寝した隙にネットで原発関連のニュースをチェック、と、
入れる情報は震災関連のものばかり。
合間には8kg以上あるましゃをおんぶか抱っこで子供たちの相手、
外出できないからそのわりに運動量が無く、
夜はましゃの授乳とゆぅの夜泣きとみじゅのかゆかゆに起きて、
やっと寝たと思ったら悪夢で飛び起き、動悸がひどくて寝られない…
で、ケータイでまたニュースチェックしたり。
こんな生活、身体にいいわきゃないよ、ってことで。

こんな生活も今週で終わり。
今週末にパパンがお迎えに来て自宅に戻る予定です。
帰ったら帰ったでまた大変なんだろうけど、
この3週間、毎日ゲーム三昧で、
すっかりのんびりリフレッシュしたであろうパパンを頼ることにして、
ゆっくり生活を立て直そうと思っています。

あー、でも予防接種と7ヶ月検診が…
急いで保育園の役員の仕事もしなきゃ…
まずは保育園の進級のあれこれか…初日荷物多いなー。
子供たちも病院に連れて行かなくちゃ。
保育園の入園相談も行かなくちゃ。
みじゅの習い事見学も、わたしの歯医者も、あ、みじゅも歯医者だ。

うー。優先順位考えてがんばります~

みじゅは毎日おたまじゃくし脅かしたり、
ばぁばを手伝ってご飯作ったりして、いきいきとしています。
朝寝坊(おきるのは毎日8時半!)と朝ごはんの小食具合は
困りものですけど…

ゆぅは急激に言葉が増えていて、毎日楽しいです。
今日は「おいしい」と「熱い」がいえるようになってたな。
自分の名前と年齢も言えるようになって、
もうすっかり「こども」って感じです。
あと、怒ると鼻にしわ寄せてすごい顔するようになりました…

ましゃはおすわりがとってもしっかりして、
自分で遊びたいおもちゃを拾って遊べるようになりました。
小鳥や犬が動くのを眺めるのがお気に入りです。
いつもご機嫌でにこにこして、ちょっとあやすとぎゃはぎゃは笑うので、
大人たちにとっても、いい癒しになっています。
6日便秘して急遽病院に行きましたが、その後重湯を飲んだせいか、
毎日お通じがあっていい感じです。

わたしは家族以外と話すことも無く、というか、
田舎でお店がないので(徒歩5分にコンビニが1軒あるけど、
野原を越えて、道を渡って・・・なので子供3人連れには限りなく遠い)、
家以外にいるところがなくて、社会との隔絶感がすごいです。
子供たちのためにニュースもほとんど見てないし。
社会とのつながりを求めて、夜中にケータイでニュース見たり、
mixiにつぶやいたりしています(ので暗いつぶやきが多くてごめん)。
父がお葬式でストレス溜めて、泣き止まないゆぅを田んぼに放り投げた時は、
わたしもストレスマックスで、怒りすぎて一晩泣きました。
が、そこから3日くらいが鬱のピークで、今はだいぶ落ち着きました。
でも、子供を抱っこして座ってばかりいると、やっぱり鬱々します。
労働は気分転換のためにも必要なのだと実感。
実家とはいえ、家を離れて15年なので、家事の勝手が分からず、
あまりたいしたことはできませんが、できることを少しずつやって、
気持ちを安定させなくては。

いやはや、なんと言うべきか。
ばかなやつだなぁって笑ってくれたらいいと思うんですけど。

現在、実家で疎開生活を送っています。

ことのはじまりは16日の夜。
次の日にお休みを取っていたパパンが突然言いました。

「しばらく実家に行かない?」
何を言い出すかと思えば、原発が心配だからとのこと。
外国が自国民を次々引き上げさせていること、
それなのに政府もNKHも「安全」を強調していて、
不自然すぎて心配なんだとか。

原発と我が家の間には何十万人もの人が住んでいて、
近くには被災して避難生活を送っている人もいて、
現場では必死になって改善作業をしている人がいるのに、
なんで、こんなに遠く離れた場所にいる私たちが避難するのか、
理解に苦しみました。
それこそ「冷静な判断」からかけ離れた行動だし、
しかも今日の明日なんて、わたしの実家は母が白内障の手術日だし、
しばらくは安静にしなくちゃいけないし、そんなに突然は無理だし。

それでも、「なにかあってからでは身動きがとれない」
「念のためで、あとで笑えればそれでいい」
「とにかく子供たちには影響が大きいことだから」
「ちょっと遊びに行くつもりで、なんでもなければ帰ってくればいい」と、
説得を繰り返すパパンに反論するだけの根拠もなく。
結局翌日のお昼過ぎに家を出て、一晩ホテルに泊まり、
連休はパパンの実家に滞在することにしました。

そうこうしているうちにわたしの祖父が亡くなり、
そうこうしているうちに東京の水道水に汚染が見つかり…
みんなの薦めもあって、
結局、4月半ばまでわたしの実家にいることになりました。

来週から、保育園は新年度なのにな。
保育園の役員の仕事もしなくちゃいけないのにな。
図書館で予約した本が届いてるのにな。
子供たちの病院も行かなくちゃいけないのに。
ましゃの保育園の申し込み相談もしたいのに。
子供たちの服も薄手中心なのにいつまでも寒いし。
突然だったので、準備もあまりできず心残りがたくさんあります。

自宅がちゃんとあって、避難先も実家で、
ガスも水道も電気も使えるのに(停電は何度かやったけど)、
これだけ不便で不安なのだから、避難所の方はさぞやと思います。
こころを強くもってがんばらないとな。

でもやっぱりまだちょっと覚悟ができっていません…