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わたわたしながらも、育児と仕事を楽しむ毎日を綴っていきます。 初めましての方のコメントも大歓迎♪
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あっという間に4月も1週間が終わってしまいました…(ボーゼン)
光陰矢のごとし、とはまさにこのことですなぁ。

今週の月曜はばぁばもじぃじも出勤日で、
わたしひとりで子供の相手と世話をしなくちゃいけなかったのですが、
朝起きるとなんか身体が痛い…
あれ、おかしいなと思って新聞を読んでいると、
どんどん寒気と頭痛がひどくなってきました。
そういえば昨日もなんだか寒かったんだった…と思い出しつつ、
熱を測るも35℃台。
子供たちの相手はしなくちゃ、とがんばったのですが、
午前中の早い段階で全身がばりばりに痛くなり、
なにしろ寒気がすごくて、床暖房の上にねころがって子供たちを放牧…
なんとかお昼を食べさせて昼寝に持ち込んだのですが、
遊び足りなくて寝付けず、むしろ外で遊びたい子供たち。
でも家の外はけっこう早い小川が流れていて、わたしの付き添い必須。
しかたなくましゃだけ添い乳で寝かしつけに入り、上のふたりは放牧…
いつの間にかましゃと一緒に眠ってしまったわたしの耳に、
みじゅのとんでもない言葉が。

「ママー、ゆぅがお米ばらまいてるー」

がばっと起きて見に行くと、なんと縁側においてあった犬用のくず米を、
ゆぅが30kg袋ごと引き倒し、縁側から廊下からさらに隣の部屋まで、
うずたかく積み上げてありました…
で、当然怒られて、ゆぅは大泣き。
わたしはその時すでに自分の鼓動で頭痛がひどくなる状態で、
その中下を向いて箒であちこち掃いてまわるつらさといったら!
その後はぐったり倒れて、子供たちはテレビにお任せ。
こういうのが一番よくないんだろうけど、もうしょうがない…
5時に帰ってきたじぃじとなんとか子供たちに夕飯を食べさせ、
7時半に帰ってきたばぁばに子供たちをバトンタッチして、
わたしは布団にばたんきゅう。直後に37℃の発熱。
翌日は子供たちをばぁばにお願いして1日寝込みました。

たぶん、疲れていたんだと思います。
毎日子供たちが起きる前に新聞を熟読、
子供たちが昼寝した隙にネットで原発関連のニュースをチェック、と、
入れる情報は震災関連のものばかり。
合間には8kg以上あるましゃをおんぶか抱っこで子供たちの相手、
外出できないからそのわりに運動量が無く、
夜はましゃの授乳とゆぅの夜泣きとみじゅのかゆかゆに起きて、
やっと寝たと思ったら悪夢で飛び起き、動悸がひどくて寝られない…
で、ケータイでまたニュースチェックしたり。
こんな生活、身体にいいわきゃないよ、ってことで。

こんな生活も今週で終わり。
今週末にパパンがお迎えに来て自宅に戻る予定です。
帰ったら帰ったでまた大変なんだろうけど、
この3週間、毎日ゲーム三昧で、
すっかりのんびりリフレッシュしたであろうパパンを頼ることにして、
ゆっくり生活を立て直そうと思っています。

あー、でも予防接種と7ヶ月検診が…
急いで保育園の役員の仕事もしなきゃ…
まずは保育園の進級のあれこれか…初日荷物多いなー。
子供たちも病院に連れて行かなくちゃ。
保育園の入園相談も行かなくちゃ。
みじゅの習い事見学も、わたしの歯医者も、あ、みじゅも歯医者だ。

うー。優先順位考えてがんばります~
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みじゅは毎日おたまじゃくし脅かしたり、
ばぁばを手伝ってご飯作ったりして、いきいきとしています。
朝寝坊(おきるのは毎日8時半!)と朝ごはんの小食具合は
困りものですけど…

ゆぅは急激に言葉が増えていて、毎日楽しいです。
今日は「おいしい」と「熱い」がいえるようになってたな。
自分の名前と年齢も言えるようになって、
もうすっかり「こども」って感じです。
あと、怒ると鼻にしわ寄せてすごい顔するようになりました…

ましゃはおすわりがとってもしっかりして、
自分で遊びたいおもちゃを拾って遊べるようになりました。
小鳥や犬が動くのを眺めるのがお気に入りです。
いつもご機嫌でにこにこして、ちょっとあやすとぎゃはぎゃは笑うので、
大人たちにとっても、いい癒しになっています。
6日便秘して急遽病院に行きましたが、その後重湯を飲んだせいか、
毎日お通じがあっていい感じです。

わたしは家族以外と話すことも無く、というか、
田舎でお店がないので(徒歩5分にコンビニが1軒あるけど、
野原を越えて、道を渡って・・・なので子供3人連れには限りなく遠い)、
家以外にいるところがなくて、社会との隔絶感がすごいです。
子供たちのためにニュースもほとんど見てないし。
社会とのつながりを求めて、夜中にケータイでニュース見たり、
mixiにつぶやいたりしています(ので暗いつぶやきが多くてごめん)。
父がお葬式でストレス溜めて、泣き止まないゆぅを田んぼに放り投げた時は、
わたしもストレスマックスで、怒りすぎて一晩泣きました。
が、そこから3日くらいが鬱のピークで、今はだいぶ落ち着きました。
でも、子供を抱っこして座ってばかりいると、やっぱり鬱々します。
労働は気分転換のためにも必要なのだと実感。
実家とはいえ、家を離れて15年なので、家事の勝手が分からず、
あまりたいしたことはできませんが、できることを少しずつやって、
気持ちを安定させなくては。

いやはや、なんと言うべきか。
ばかなやつだなぁって笑ってくれたらいいと思うんですけど。

現在、実家で疎開生活を送っています。

ことのはじまりは16日の夜。
次の日にお休みを取っていたパパンが突然言いました。

「しばらく実家に行かない?」
何を言い出すかと思えば、原発が心配だからとのこと。
外国が自国民を次々引き上げさせていること、
それなのに政府もNKHも「安全」を強調していて、
不自然すぎて心配なんだとか。

原発と我が家の間には何十万人もの人が住んでいて、
近くには被災して避難生活を送っている人もいて、
現場では必死になって改善作業をしている人がいるのに、
なんで、こんなに遠く離れた場所にいる私たちが避難するのか、
理解に苦しみました。
それこそ「冷静な判断」からかけ離れた行動だし、
しかも今日の明日なんて、わたしの実家は母が白内障の手術日だし、
しばらくは安静にしなくちゃいけないし、そんなに突然は無理だし。

それでも、「なにかあってからでは身動きがとれない」
「念のためで、あとで笑えればそれでいい」
「とにかく子供たちには影響が大きいことだから」
「ちょっと遊びに行くつもりで、なんでもなければ帰ってくればいい」と、
説得を繰り返すパパンに反論するだけの根拠もなく。
結局翌日のお昼過ぎに家を出て、一晩ホテルに泊まり、
連休はパパンの実家に滞在することにしました。

そうこうしているうちにわたしの祖父が亡くなり、
そうこうしているうちに東京の水道水に汚染が見つかり…
みんなの薦めもあって、
結局、4月半ばまでわたしの実家にいることになりました。

来週から、保育園は新年度なのにな。
保育園の役員の仕事もしなくちゃいけないのにな。
図書館で予約した本が届いてるのにな。
子供たちの病院も行かなくちゃいけないのに。
ましゃの保育園の申し込み相談もしたいのに。
子供たちの服も薄手中心なのにいつまでも寒いし。
突然だったので、準備もあまりできず心残りがたくさんあります。

自宅がちゃんとあって、避難先も実家で、
ガスも水道も電気も使えるのに(停電は何度かやったけど)、
これだけ不便で不安なのだから、避難所の方はさぞやと思います。
こころを強くもってがんばらないとな。

でもやっぱりまだちょっと覚悟ができっていません…



20日にわたしの祖父が亡くなりました。
89歳でした。

たまたまわたしたちもパパンの実家(わたしの実家と同じ市内)に来ていて、
24日には祖父が市内の病院から遠い病院に転院してしまうから、
21日にでも会いにいこうか、会えるのはこれが最後かもしれないし、
なんて話していた矢先でした。

会う予定だったその日に、もう眼を覚まさない祖父と面会しました。
ほんとに、ただ眠っているようでした。
あと1日早ければ生きている祖父に会えたのに。
お正月に会ったのが、最後になりました。

ごめんね、おじいちゃん。
もっと早く会いに行けばよかったよ。
おばあちゃんのときもそう思ったのに。

会いたい人には、早く会わなくちゃ。
そのうち、なんていってたら会えないかもしれない。

水やガソリン…首都圏で買いだめ 被災地に届かぬ恐れ

昨日、電車が動かず、パパンがお休みになりました。
あわせて子供たちも保育園を休みました。
お昼とおやつはわたしひとりのつもりで食材を用意していなかったので、
その分を買いにいこうと近所のスーパーに行きました。

…いまだかつてないくらい、お客さんがいました。
みんなカゴいっぱいの食料を詰め込んでいて、
スーパーの棚はがらがらでした。

みんな、なんの備えもしてなかったんだろうなぁ。
で、不安になって買いこんじゃうんだろうなぁ。

幸いというかなんというか、
我が家は普段からいつ地震が来てもいいように、
非常食や水、ガスボンベは備蓄してありますし、
たまたま間違ってお米5㎏を2袋買ってしまっていたし、
ホームベーカリー用の強力粉ももち米も、
調味料類のストックもそこそこしてありました。
それでも、棚が空だと不安になるものです。
そこをぐっとガマンして、必要最小限の野菜とパスタソース、
おやつとソーセージだけカゴに入れました。

わたしたちは被災したわけじゃないし、お店は毎日やっている。
商品だってもう入ってこないわけじゃないのです。
しかもこれから、毎日停電するかもしれない状況なら、
冷蔵庫にも頼れないし、そんなに買い込んでも仕方ないのです。
主婦なんだから、手に入ったものでご飯を作ればいいのです。

心配なのは、一部の人の買い占めによる、品不足。
備えのなかった人たちがこれで備えてくれて、
万一のときに自活できるのは大事だと思います。
だけど、必要以上はいらないでしょ?
水の賞味期限は1年。
パックのご飯の賞味期限は半年。
わたしたちが買い込んでしまったら、被災地の人はもちろん、
近所の「必要なひと」にも品物が届かなくなります。
一度にたくさん買い物できないお年寄り、
週に1度しか買い出しできない共働き世帯、
わたしのような小さな子をたくさん連れたお母さんたち。

今は、とても大変な時です。
だからこそ、みんなちょっとずつ譲り合って、できるガマンはしましょうよ。

…なんて言えるのは、専業主婦してる今だからでしょうか。
でも、それこそが、今のわたしだからできる「災害支援」ではないかと思います。
みんな、できるときにできることを。
小さすぎて笑われるかもしれないけど、
わたしは小さなガマンと努力を続けていこうと思います。